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縦に長い世界王者

自転車にしろラグビーにしろ、カテゴリを作ってもどうせ大したこと書けないし、そもそもその競技の何たるかをわかってないから人様の目に留まるようなところに曝せるような文章なんて書けないんだけれども、それでも何か書こっかなと思うのは、曲がりなりにも数年間ブログというものを続けてきたからだと思う。
まあなるようになるだろう、と開き直って作ってしまいました自転車のカテゴリ。
来年は自転車ネタもちょっとずつ書けたらいいなと思ってます。
ミランネタもロクに書けてない状況下でこんなこと言っても空しいだけですが!

と言うか、せっかくできた時間をどうしてミランではなく自転車に注ぎ込んでいるのかと言うと、バッランがマイブームだからです。
バッランの顔を見てると、こう、焦点が狂ったような不思議な錯覚に陥って、ふにゃぁとなってしまうのです。
その感覚が堪らんのです、癒しです。
決してけなしている訳ではありません褒めてます。
それに190cmのデッカイ体をクイクイっと曲げてデッカイ背中で丸いアーチを作って自転車に乗ってる姿が本当に美しい。
自転車の世界であのフォームが美しいというカテゴリに入るかどうか知りませんが、私は美しいと思います。


バッランと虹色の人生:「自分の成功に圧倒されてる」 (gazzetta.it)

世界王者はパーティーや予定の多さに戸惑っている。:「バールに行くのにサングラスを付けなくちゃならなくなった。」 そして走ることに対する責任。:「北のクラシック(※1)では僕は既にエース。でも僕の中のアシストとしての本質は変わらない。」

世界王者後:世界王者になってからの50日間は彼を困惑させた。うち21日間は虹のマーリア(※2)を着て祝賀会に参加。その他の29日間はメディアに露出し、話し、説明し、そうしているうちに段々臆さなくなった。世界王者になってからちょうど50日目の火曜日(18日)の夜、アレッサンドロ・バッランが現れ、主催者に促されて話し出した。Gruppo EuromobilとTuttoBici(月刊誌?)がに企画したイベント、“L’altro ciclismo, quello di sempre”でのことだ。

ボトル―ジャケットに黒いシャツ、そしてジーンズ。バッランは司会者のジョルジオ・マルティノと聴衆を相手に典型的なQ&Aに応えた。啓示:「初めて北のクラシックに出場した時はジャンルカ・ボルトラーミのアシストだった。僕はボトル運びをやって逃げ集団に加わった。ボルトラーミは僕が将来有望だと言ってくれたよ。そして僕は彼に誓った。ここに戻ってきて、そして勝つってね。」 感情:「僕が初めて勝利を手にしたのはデ・パンネ3日間。僕の中の何かが変わって、仲間に対する信頼感が生まれた。」 思い出:「初めて出場した2006年と2007年の世界選手権は酷いもので、もう代表チームには呼ばれないんじゃないかって落ち込んでたんだ。」 暴露:「今年の世界選手権では最後の2周まで僕は自分に1セントも賭けてなかった。」 秘密:「最後の7~8kmではチームのことしか考えてなかった。僕はチームの一員としての役目を果たそうと思ってスタートしたからね。」 確信:「最後の3kmになって自分の状況を確認して考えた。でもまだ確信は持てなかった。どんどんアドレナリンが出てきてゾクゾクしたよ。鳥肌ものだった。」

将来―予定:「今はみんなが僕のことをエースと見なしてる。でも北のクラシックではここ3年ずっとエースだったんだ。」 予言「僕は変わりたくない。確かに世界王者になったし皆が主役として扱ってくれる。カンピオーネが持つべきエゴも持ってる。世界王者になるということはそういうことだ。でも、僕のキャリアはアシストから始まった。思うように走れない日があったら、それば僕の日じゃなかったということ。そういう時はチームメイトのアシストをするのみだ。ジロ・ディ・ロンバルディアでダミアーノ・クネゴのアシストをしたのはあの日が僕の日じゃなかったから。」 バッランは人気者?彼は認める:「この状況にはちょっと圧倒されてる。慣れるのは簡単なことじゃないよ。」 例えば:「ミラノのSalone del cicloにトリノのSalone del gusto。Castelfrancoやランプレやポッツァートのファンクラブ、そして僕のファンクラブのパーティー。(固有名詞がよくわからないので中略。とにかく色んなとこ行ったり色んな人とご飯食べたり色んな賞貰ったりで大変だった模様。ミラネッロ訪問もちゃんと挙げてますよ。)」 そして最後に:「まだ終わってないいんだ。」

騒動―もし世界王者になっていなかったら? バッランは緊張を解く:「ヴァカンスに行ってただろうね。仲間を何人か集めてカルチョの試合をして、マウンテンバイクで出掛けて、適度に体を動かしたらスプーンいっぱいのヌテッラを思う存分食べるんだ。家の外にいる時の制限が無いだろうし。今は朝食を食べにバールに行く時やアペリティーヴォでキッチュ・バールに行く時も、ブルース・ブラザーズみたいにサングラスを付けなくちゃならない。散歩がてらに買い物に行ったらいつも僕の似顔絵を書いた大きなポスターがあるしね。みんな僕を知ってるし、僕に気付いたらサインをねだってくる。」 しかしバッランはそれを楽しんでいる:「僕はすぐに一番強い選手でも一番素晴らしい選手でもなくなるだろう。それに最年少でもないし最年長でもない。でも世界王者として、少なくともひとつだけ記録を持ってる。僕が一番背が高いんだ。」

(※1)ワンデイレースの中でも長い歴史と高い格式を誇るレースを“クラシック”といい、シーズン前半の春に行われるロンド・ファン・フラーンデレン(ツール・デ・フランドル)、ヘント~ウェベルヘム、パリ~ルーベの3連戦を“北のクラシック”という。ロンド・ファン・フラーンデレンとパリ~ルーベの面白さは見ればわかります。見て下さい。
(※2)世界選手権で優勝した選手がその後1年間着ることを許されるジャージのこと。5大陸を表す緑、黄、黒、赤、青のストライプがあしらわれており、日本ではフランス語で“虹のジャージ”を意味するマイヨ・アルカンシエルと標記されるのが一般的。イタリア語ではマーリア・イリダータ。



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真ん中らへん、盛大に間違っているという自信があります。
でも何をどう間違っているのかがわかりませんスイマセン。
それにしてもいいっすね最後の言葉。
ジョークを交えつつも彼の目はしっかりと次に向いているという感じがする。
しかしほんとに人生変わっちゃったのねバッラン。
もちろんこれまでも超一流の選手ではあったんだけど、そんな選手でも世界選手権を制するとこうも変わるのか。
バッラン自身とお嬢さんたちの為にも、早くゆっくり休める日が来ることを祈る。
ヌテッラはそこそこにな。
 
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by sola_calcio | 2008-11-23 02:36 | CICLISMO

アレッサンドロ・バッランを見よう

先日行われたUCI世界自転車選手権の男子エリートロードで優勝し、世界王者となったアレッサンドロ・バッランはミラニスタということが発覚。
(そのバッラン優勝には“チーム・イタリア”の色んなドラマがあったんだけど、それを語りだすと長くなるので割愛。)
そんなバッランがミラネッロを訪問し、選手たちと記念撮影したり狸さんとユニフォームを交換したりしたようです。

d0094091_204861.jpg

たっ、狸さんはちょっと着れないと思うな、それ。


彼はこれから1年間、世界王者の証であるこのアルカンシエルのマイヨを身に纏ってレースに出走するのです。
はっきり言ってかっこいいです、目立ちます。
一番直近でその姿を拝めるのは12日のパリ~トゥール。
J SPORTSで見れるので、よろしければ是非! (放送予定
世界選手権もそのうち再放送ありますよー。


バッラン;
「僕は熱烈なミラニスタで、ロッソネラのチームには大きな情熱を傾けてるんだ。ここに来てミランのカンピオーネと会えてすごく興奮してる。これからはもっとサン・シーロに足を運んでみんなに会えたらいいね。世界選手権後の目標? パリ~ルーベで勝つこと。大きな目標なんだ。
カルチョとチクリズモの違い? そりゃまったく違うよ。でも僕たちのスポーツでもカルチョでも、選手たちが全力を尽くすということは一緒。ミランの選手たちも僕たち自転車選手も必死に走って必死に働く。特にリーノ・ガットゥーゾは僕と似てるんじゃないかと思う。彼はいつだって90分の間ずっと魂でプレイしてるから。」


リーノの名前を出した時点で君はミラニスタの心を掴んだ、と思う。
自転車はもうすぐシーズンが終わるので、もしかしたらサン・シーロのスタンドでバッランの姿を拝めるかもしれません。
 
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by sola_calcio | 2008-10-11 02:08 | NOTIZIE
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再び開店休業。生存確認はTwitterで。


by sola_calcio
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